食事も睡眠も「質」が重要

 前回のブログでは人工甘味料が自分自身に及ぼしているであろう影響についてお話し致しました。これはあくまで私自身で感じたことで、その他の食事又その他の誘引も否定できません。ただなんとなくそういったものを食べない方が調子がいいと感じたのです。前回から科学的でないお話しとなってしまい恐縮ですが…。

食事にしても、睡眠にしても、その量を注意することが多いのではないでしょうか。私も食事は必要な栄養素を摂取して、三食バランス良く食べることが体にとって大変良いことと思っています。睡眠にしても質がどうだったかの判断は難しいため、寝た時間で判断します。しかし食事については、いくら必要な栄養素を口から摂取しても、それを吸収し体内の栄養素として取り込まれる必要があります。口からの摂取と細胞レベルでの吸収はまったく異なる機序で行われます。現在は腸内フローラという表現で細胞レベルでの吸収の評価がなされるようになりましたが。

人類の歴史が始まってから、長きに渡り狩猟を行なって食料を確保してきました。農耕の歴史はそれに比べると圧倒的に短い様です。人類は長い間、三食の食事はおろかその日の食事さえ食べられるかわからない状況に置かれていたのです。人間にとってどちらが健全なのか、学問的に考えると現代の状況が正しいと考えられます。しかし人類の歴史が始まって長期間に渡り営んで、それに対応して進化した人体にとっては、むしろ食べられない状況の方が本来の状況なのかもしれません。

イスラム教の方が宗教的な儀式の一つとして、ラマダーンと呼ばれる断食を1日かけて行うといいます。その目的としてムスリムは日の出から日没にかけて、一切の飲食を断つことにより、空腹や自己犠牲を経験し、飢えた人や平等への共感を育むことを重視する。また共に苦しい体験を分かち合うことで、ムスリム同士の連帯感は強まり、多くの寄付や施しが行われる。

とあります。断食中は、飲食を断つだけではなく、喧嘩や悪口や闘争などの忌避されるべきことや、喫煙や性交渉などの欲も断つことにより、自身を清めてイスラム教の信仰心を強めるらしいです。

断食の目的としてやはり宗教的な目的がメインと考えられていますが、前述したように空腹であることが本来の体内の状況であるとするならば、それを経験できるよい機会であるのかもしれません。もちろん三食の食事摂取が今後人類の歴史で何万年も続けば、それが体内にとってのスタンダードになると思います。栄養不足に対するリスクは当然あると思いますが、こうして考えると栄養過多によるリスクはそれ以上かもしれません。

次回のブログでは日本古来から根付いている仏教から、食事・睡眠について考えてみたいと思います。

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